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 (139) 縁結びと美容向上に霊験あらたかな
松江市・八重垣神社のツバキ(椿)

松江市の佐草町に八岐大蛇(やまたのおろち)退治伝説を語り伝える八重垣神社があります。この神社は現代的結婚の発祥の地として縁結びの神として崇敬されているのみならず、多数の夫婦椿(めおとつばき)があり、これらツバキは縁結びだけでなく美容向上にも大きな御利益があるとして、世の善女たちの熱い視線を集めています。

 

 (139-1) 現代的結婚の創始

 八重垣神社の由来は有名な古歌「八雲立つ 出雲八重垣 妻込めに 八重垣造る その八重垣を」によく表れています。それはスサノウノミコト(素盞鳴尊)がこの地に「八重垣(何重にも作った柵)」を造ってイナダヒメ(稲田姫)を守り、乱暴狼藉を働く八岐大蛇を退治し、両親の許しを得て二人はめでた結婚し、構えた新居が八重垣神社の基となったと言うものです。略奪的な結婚が普通であった当時において、スサノウノミコトとイナダヒメの結婚は現代的結婚の創始であり、八重垣神社は縁結びの神として崇められるようになりました。
 そのようの神社の前庭にひときわ目立つ椿の大木が立っています。

 

  (139-2) 霊験あらたかな「連理玉椿」
この椿は幹の直径が60cm位、樹高約8mあり、椿としては驚くほどの大木で、樹形も整い稀に見る椿の名木です。まっすぐな幹は一本の幹のように見えますが、近付いてよく見ると、幹には深い溝があり、この樹木は2本の椿が融合合体してできたものとわかります。このような椿は一般に「連理椿」あるいは「夫婦椿」と呼ばれますが、八重垣神社では夫婦椿と呼び、この樹木には「連理玉椿」の名が付けられています。
 
2本の樹木が融合合体して出来た連理樹木は一般に「男女や夫婦の愛情がきわめて深く、仲睦まじいことの象徴」として珍重され、時に信仰の対象とされてきました。縁結びの神として名高い八重垣神社の夫婦椿は、ことのほか霊験あらたかな存在として崇められてきました。

  

 (139-3) 他にも2本の夫婦椿

 八重垣神社には「連理玉椿」の他に2本の夫婦椿があります。
 ひとつは本殿左手にある「乙女椿」と呼ばれているもので、これは幹の直径が15cm位の小さい椿ですが、2本の椿の幹がY字型に融合しています。
 今一つは本殿裏の鏡の池に向かう途中にある「子宝椿」と呼ばれる夫婦椿。これは幹の直径20cm位の2本の椿が寄り添うように合着しています。
 八重垣神社には3本の夫婦椿があり、1本でも貴重な夫婦椿が3本もあるということは、現代的結婚の創始者であるスサノウノミコトとイナダヒメの御神徳の顕れでしょう。
 八重垣神社を訪れる人にとって良縁が成就し、すでに良縁を得ている人は末永く仲睦まじくなれること間違いなしでしょう。

 

   (139-4) 美容向上にもご利益がある夫婦椿
 八重垣神社の夫婦椿は縁結びの御利益だけでなく、美容向上についても大きな御利益があるとされていますが、このことに関しては化粧品のトップメーカー資生堂の存在が大きく関係していると思われます。
資生堂は明治初期(1872年)の創業当初は薬品の会社として発足しましたが、1915年ころから化粧品の製造販売にのりだし、それに合わせて社章をそれまでの鷹(たか)をモチーフとしたものからツバキ(椿)をモチーフとしたものに変えました。1916年に下写真のような図案の社章を採用し、その後多少の変更を加えながら今日に至っています。古くから日本で最も親しまれていた化粧品が椿油であったことにヒントを得て、ツバキ(椿)に美容と化粧品の原点を見出した戦略がうかがえます。ツバキ(椿)を社章に取り入れた資生堂はその後大きく発展し、今日の大をなしました。
 
資生堂社章のモデルが八重垣神社の椿であったかどうかはわかりませんが、資生堂は創業当初より八重垣神社を崇敬し、毎年、おりにふれ幹部社員が八重垣神社を参拝し、世のご婦人方の美容向上と社運隆盛を祈願されていると聞きます。
これらのこともあり、八重垣神社の夫婦椿は縁結びのみでなく、美容向上にも霊験あらたかであるとの定評が生まれました。
多くの女性が八重垣神社を訪ね、夫婦椿を愛で、心身ともに益々美しくなられることを願ってやみません。

   

   樹木写真の属性
 樹  種 ヤブツバキ(藪椿)[ツバキ科ツバキ属]

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 樹木の所在地  島根県松江市佐草町227  
 撮影年月   2018年12月
 投稿者   木村 樹太郎   
 投稿者住所  島根県邑智郡川本町
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