感動樹木HPトップへ
(155) 科学の視点で樹木を楽しむ
東京・小石川植物園の樹木

東京の小石川植物園(俗称)は薬用植物の研究を主目的に、江戸時代に開設された日本で最も古い植物園ですが、そこではニュートンのリンゴノの木など、科学の視点から樹木を楽しむことができます。

  

  (155-1) ニュートンのリンゴの木
リンゴが木から落ちるのを見て、ニュートンが万有引力の法則を発見したという逸話は有名ですが、そのリンゴの木がここにはあります。下写真のようにこのリンゴの木は幹の直径が数十cm以上はある立派な木です。青色ながら小写真の様な立派な実もなっており、ニュートンの逸話が非常に身近に感じられるのは、時空を超えてリンゴの木がニュートンと私をつないでくれているからでしょう。
 
ニュートンの生家にあったリンゴの木は、接ぎ木によって各国の科学に関係する施設に分譲され育てられています。小石川植物園のこのリンゴの木は、1964(昭和39)年に英国物理学研究所長サザーランド卿から当時の日本学士委員長柴田雄次博士に贈られた枝を接ぎ木したものです。

 

 (155-2) メンデルのブドウの木 

 遺伝学の基礎を築いたメンデルが実験に用いた由緒あるブドウの木があります。第2代小石川植物園長の三好 学氏が1913(大正2)年、チェコのブルノーにメンデルが在職した修道院を訪ねたとき、旧実験園に残っていたブドウの木の分譲を依頼し、その翌年に送られてきたものです。

 メンデルが修道院で働いていたことを初めて知りました。科学的な研究が宗教施設で行われていたことは大きな驚きです。このブドウの木も分譲してから100年余りが過ぎているにもかかわらず勢いよく葉を茂らせていました。

  

  (155-3) イチョウ精子発見につながたイチョウ巨木
小石川植物園の中ほどに立つイチョウ大木は、樹齢数百年と思われる中々の巨木ですが、単なる巨木ではなくイチョウ精子の発見のもととなった樹木です。その根元には下記小写真のような「精子発見六十周年記念(昭和三十一年)」と書かれた立派な石碑があり、その発見の功績の大きさを示しています。
 
1896(明治29)年、平瀬作五郎氏はこのイチョウの木から採取した若い種子において精子を発見しました。それまで種子植物はすべて花粉管が伸長して造卵器に達して受精するものと考えられていたので、このイチョウ精子の発見は世界の植物学会に大きな反響を起こしました。 

 

 (155-4) ソテツからも精子発見 

 植物園の正門を入ったすぐのところに立派なソテツ(蘇鉄)がありますが、これはソテツにおける精子発見の業績を語る樹木です。

 裸子植物のソテツに精子が存在することが、1896(明治29)年、池野成一郎氏によって始めて明らかにされました。上記のイチョウ精子発見とこのソテツ精子発見は、明治期における日本の近代植物学の草創期における偉大な業績です。
 
 小石川植物園のこのソテツは、池野成一郎氏が研究に使った鹿児島市内にあるソテツから分株したものだそうですが、訪ねたときはちょうどソテツが花を咲かせていて、精子発見に思いを巡らすには良いタイミングでした。

   

  (155-5)日本で最初に植栽されたメタセコイア
日本で最初に植えられたメタセコイアをこの植物園に見ることが出来ます。メタセコイアは1939(昭和14)年に三木茂博士が化石から発見し命名した樹木ですが、当初は絶滅したものと思われていました。ところが1945年に生木が中国奥地で発見され"生きている化石"と呼ばれるようになった樹木です。
メタセコイアが日本に最初にもたらされたのは1949(昭和24)年で、皇居と小石川植物園に植えられました。小石川植物園ではその後に入手した種や独自に育成した苗木などを植え足し、写真の様なメタセコイアの林ができています。このメタセコイアの林の中で最も大きなものが最初に植えられたものでしょうか。
 
メタセコイアは約6000万年前頃、地球上に大繁栄していた樹木ですが、その後の寒冷化などにより衰退し、日本列島では60万年前頃絶滅しました。小石川植物園の蘇ったメタセコイアの林は私たちを古生物学の世界に誘ってくれます。

 

   樹木写真の属性
 樹  種 セイヨウリンゴ(西洋林檎)[バラ科リンゴ属]
ブドウ(葡萄)[ブドウ科ブドウ属]
イチョウ(銀杏)[イチョウ科イチョウ属]
ソテツ(蘇鉄)[ソテツ科ソテツ属]
メタセコイア(ー))[ヒノキ科メタセコイア属]
 樹木の所在地 東京都文京区白山3丁目7-1 小石川植物園
 撮影年月  2016年6月
 投稿者  中村 靖   
 投稿者住所  横浜市都筑区中川中央
 その他