(99) 孤軍奮闘で旅所を守り続ける
八幡人丸神社旅所の大檜

山口県長門市の八幡人丸神社旅所にヒノキ(檜)の巨木があると知り訪ねました。地域の人に聞き教えられたところに行って見ると、確かに立派な神社がありましたが、お目当ての檜が見当たりません。代わりに思いがけない古典樹園に出会い、それはこのホームページで以前紹介させて頂きました。
なぜお目当ての檜巨木がないか、良く調べてみると八幡人丸神社と旅所とは別の場所だったのです。

    

 (99-1) 八幡人丸神社御旅所

 地域の人に聞いてみても八幡人丸神社は知っているが旅所は知らないとのこと。さんざん探していると、遠くにただならぬ雰囲気の大木が見えました。もしかしてこれかなと思い近付いてみると、10段くらいの階段を上がった空地に威厳のある巨木が立ち、そばに説明掲示板らしきものが立っていました。掲示板には次のように書かれていました。
 「この地は天平宝字年間(757年~765年)の創建と伝えられる新別名八幡宮の旧地である。明治40年(1906年)に人丸峠の人丸神社へ合祀され八幡人丸神社と改称し、以後同社の御旅所となり現在に及んでいる」

  

  (99-2) 悄然と佇む檜巨木
 
100坪くらいのその土地には神社社殿はおろか小屋一つ見当たりません。しかしこの土地には夏草が生い茂ることもなく、かなり良く手入れされている様子で、ただの場所でないことは伺えます。そのような空き地の真ん中に一本の檜巨木が悄然と立っています。幹周4.7m、樹高20mの巨木です。成長が遅い檜としては中々の堂々たる巨木です。樹齢は不明ですが、ここに以前あった新別名八幡宮の由緒の深さと、目の前の檜巨木の風貌から見て、樹齢300年以上と思われます。
それにしても旅所というのは聞きなれないものですが、後に神職の方にお尋ねしたら「神様が本殿から旅をなさり、仮に鎮座なさっている場所なりお宮のこと」とのことでした。この場所には建物は何もありませんが、檜巨木の木蔭に謎めいた丸い大きな石があります。神様が立ち寄られた時には、この石に腰かけてしばしご休息いただく様なことが想像されます。

  

  (99-3) まるでビャクシン(柏槙)の様な荒々しさ
 
一般にヒノキ(檜)は高級な柱材が取れるように、主幹がすらりと伸びた端正な樹形をしていますが、この大檜は幹の樹皮も大きく波打ち、比較的低い位置から大枝が分枝して荒々しく枝を伸ばしています。最初にこの木を見た時、ヒノキ(檜)というよりはビャクシン(柏槙)ではないかと思ったほどです。
荒々しい風貌をしているのは、一人旅所に残されたことへの怒りの表れなのか、あるいは孤軍奮闘で旅所を守る気概のあらわれなのか。

  

 (99-4) 確かに葉は檜

 柏槙かと思うほどの荒々しさを見せている巨木ですが、幸い目の高さまで枝が垂れ下がっているので、葉の裏を仔細に見ると檜特有の白いY字形の気孔帯が確認できましたから、この巨木は間違いなく檜でしょう。

  

  (99-5) 背後に立ち並ぶヒノキの若木
 
檜巨木の背後に一段と高くなっている場所があり、そこはかつて社殿があった場所ではないかと思われましたが、そこには植林した20年生くらいのヒノキが立ち並んでいました。舞台の上で独唱する檜巨木の背後に並び、ヒノキの若木たちがバックコーラスを務めているように見えました。

100年後このヒノキの若木が立派な大木になるころ、檜巨木も一段と成長し旅所の荘重さも格段と高まることでしょう。もし可能なら100年後にまたここを訪ね、一段と立派になった檜巨樹の姿を見てみたいと思いつつ、旅所を後にしました。

  

   樹木写真の属性
 樹  種 ヒノキ(檜) [ヒノキ科ヒノキ属]

(「樹木の見所」のページにリンクしています)
 樹木の所在地  山口県長門市油谷新別名233-2  
 撮影年月   2016年8月
 投稿者   木村 樹太郎   
 投稿者住所  島根県邑智郡川本町
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