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(137) 後醍醐天皇は確かに来たと思われる
岡山県北部山中の醍醐桜

岡山県北部の鳥取県境に近い山中に「醍醐桜(だいござくら)」と呼ばれる桜の巨木があります。これは1332年に後醍醐天皇が隠岐の島に流される途中、立ち寄りこの桜を見たとの言い伝えからその名がある桜です。一本の桜巨木としての魅力もさることながら、本当に後醍醐天皇が見たのか? なぜわざわざ山奥の桜を見に行ったのか? 興味をそそられる桜です。 

  

  (137-1) 街道をはずれて山道を進む
山陽と山陰を結ぶ主要街道であったと思われる国道313号をそれてしばらく進むと、「醍醐桜こちら」と書かれた標識があり、それに従い細い山道に入りました。ユーターン禁止と書かれた車一台がやっと通れる狭い山道を進むにつれ、こんな山奥まで後醍醐天皇は来たのかなとの思いは高まる一方でしたが、とにかく桜を見るのが主目的であるし、道路もユーターン禁止と書かれているので、前に進むしかありませんでした。
 
いくつかのヘアピンカーブを回り、坂を登り切ったあたりに狭い駐車スペースがあったのでそこに車を止めました。徒歩で登り始めると「醍醐桜この上」と書かれた標識があり、上を見たら丘の上に写真のような桜の巨木が見えました。
朝日を浴びて輝く桜巨木は息をのむ美しさで立っていました。

 

  (137-2) 樹齢千年のエドヒガン
この桜は幹周7.1m、樹高18mのエドヒガンです。岡山県下では最大の桜巨樹であり県の天然記念物に指定されています。全国的にもトップクラスの桜巨樹であり、その姿かたちの美しさもあいまって新日本名木百選に選ばれています。
 
醍醐桜の樹齢は700年とも1000年とも言われています。後醍醐天皇が隠岐の島に流されたのが約700年前(1332年)ですが、わざわざ立ち寄って見るほどの存在であったからには、その当時すでに樹齢数百年の大木であったと考えれば、樹齢千年というのも決して大げさな話ではありません。エドヒガンは非常に寿命の長い樹種ですから、樹齢千年というのは樹木学的にも十分可能な長さです。

  

 (137-3) 跡継ぎもすくすく育つ醍醐桜

 醍醐桜は樹齢千年にもなるとは思えないほど樹勢は旺盛で、美しい樹形を保っていますが、近づいてよく見ると幹に空洞ができ、樹脂をつめて治療した跡が見えました(左上写真)。寿命が長いエドヒガンとはいえ、千年の風雪に耐えてきた疲労は隠しきれないようです。

 しかし醍醐桜には自らの衰えについて何の心配もないでしょう。10mくらい離れた所に醍醐桜二世がすくすくと育っているからです。左下写真の右手前に写っているのが二世、左奥側に写っているのが元祖醍醐桜です。 醍醐桜二世は樹齢50~60年位いと思われる仲々の大木に育っており、育ち盛りの桜として元祖をしのぐ勢いが感じられました。 

 

   (137-4) はるか都を望む決意の場所
 醍醐桜が立つ場所は見晴らしの良い丘の上ですが、特に東の方角の視界が開け、下写真に示すように東に向かって遠くまで見通すことができます。そして真東の方角には京都があります。この景色を見たとき後醍醐天皇は間違いなくこの地に来られたであろうと確信しました。
 
東の方はるか都の空を望むこの地から、都に最後の別れを告げたのか、あるいは隠岐の島からの早期の帰還を誓ったのか、後醍醐天皇の胸の内がいずれであったのかは、その後の史実が示す通りでしょう。
醍醐桜が立つ丘に登ってくる途中、「大勢坂」と呼ばれる急な坂道があります。700年前、大勢の村人がこの坂道のところに出て後醍醐天皇をお見送りしたことから、そう呼ばれるようになったと伝わっています。

   

   樹木写真の属性
 樹  種 エドヒガン(江戸彼岸)[バラ科サクラ属]

(「樹木の見所」のページにリンクしています)
 樹木の所在地  岡山県真庭市別所大字吉念寺  
 撮影年月   2019年4月
 投稿者   木村 樹太郎   
 投稿者住所  島根県邑智郡川本町
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