(147) 緑の価値を再認識させる
保土ヶ谷・松並木プロムナード

2007年(平成19年)、旧東海道の保土ヶ谷宿があったところに松並木が復元され、いま往時をしのぶ立派な松並木に育ってきました。これは単に昔を懐かしむノスタルジアではなく、緑の価値を再認識する新しい流れの顕れでしょう。

  

  (147-1) 蘇った松並木
2005年の「横浜市市民まち普請事業」として旧東海道保土ヶ谷宿の松並木が復活しました。江戸時代に保土ヶ谷宿があった付近の国道1号線と今井川にはさまれた細長い全長約300mの区間に松32本か植えられ、「松並木プロムナード」と名付けられました。15年余りの年月が過ぎ、松は大きく成長して下写真のように立派な松並木が蘇りました。
 
日本における並木の歴史は古く、奈良時代にまでさかのぼりますが、全国的に本格的な並木が作られたのは江戸時代になってからです。1604年(慶長9年)幕府は諸国の街道に並木を植えるように命じ、東海道保土ヶ谷宿のあたりには松並木が植えられました。明治維新後は東海道は国道1号線になりましたが、松並木はその後も良好に維持されてきました。しかし、戦後の自動車を中心とした交通革命の中で松並木は急速に衰退し、その姿が全く見られなくなりました。

 

 (147-2) 一里塚もある 

 「松並木プロムナード」には写真の様な一里塚も復元されています。一里塚の大きさは記録によると5間(約9m)四方の大きさがあったそうですが、再現されたものは場所の制約から実際のものより小ぶりであり、多少ミニチュア的な一里塚になっていますが、塚の上にはエノキ(榎)が植えられ、これはかなりの大木になり、往時をしのぶには十分な姿です。
 また塚のそばには目付(宿場の入り口・出口の標識、写真中央の石積)も再現され、往時の宿場町を想像する道具立てがそろっています。

  

  (147-3) 江戸時代にタイムスリップ
ランドセルを背負った小学生が松並木プロムナードを歩いていました。その姿が荷物を背負って東海道を行く旅人の姿に見えたら、もう気分は江戸時代にタイムスリップです。
 
保土ヶ谷宿を中心に整備された東海道の松並木は、旅人と地域の人々に安らぎと休息の場を与え、松並木が生み出す心和む景観は、広重や北斎の浮世絵にも度々描かれてきました。寒い冬も緑を絶やさぬ松は、生命力あふれる木として古くから日本人に最も愛されてきた樹木です。そのような松並木が復活したことは大きな喜びです。

 

 (147-4) 東海道松並木を見守るケヤキ大木 

 今井川をはさんだ対岸に樹齢数百年と思われるケヤキ(欅)の大木が立っています。このケヤキ大木は目の前の東海道と松並木の一部始終を見てきたことでしょう。近づいて耳を澄ますとケヤキ大木の声が聞こえてきました。
 「丁髷を結った人々が行き交い、参勤交代の行列が通り過ぎるのを長く見てきましたが、この保土ヶ谷宿から程近い横浜村の沖合に黒船が現れてから様子は一変しました。参勤交代の行列は見なくなり、やがて自動車と呼ばれる騒々しい乗り物があふれ、松並木も次第に少なくなり、ついに一本もなくなりました。人間が文明の利器としてありがたがる自動車が、地球温暖化ガスという恐ろしい毒ガスをまき散らしていることを知ったとき、絶望的な気持ちになりました。
 しかし最近、海の向こうからグリーンリカバリの声が聞こえ、目の前には松並木が復元したのを見ると、かすかな希望が湧いてきました」

   

   樹木写真の属性
 樹  種 クロマツ(黒松)[マツ科マツ属

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 樹木の所在地  横浜市保土ヶ谷区保土ヶ谷町  
 撮影年月   2020年10月
 投稿者   中村 靖   
 投稿者住所  横浜市都筑区中川中央
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