感動樹木HPトップへ 
(136) 56年前の東京オリンピックを思い出させる
代々木公園の樹木

1964年の東京オリンピックの時の選手村が東京の代々木に作られ、選手村の跡地は現在の代々木公園になりました。あれから50年余の歳月が過ぎ、公園の木々もすっかり立派になっています。2020年、新たな東京オリンピックを迎えようとしているこの時期、代々木公園を訪ね前の東京オリンピックの頃を思い出すのも一興でしょう。

    

 (136-1) 代々木公園へのプロムナード

 渋谷駅から代々木公園に向かって歩くと、代々木公園ケヤキ並木と呼ばれる美しい並木道(左写真)を通り、NHK放送センターを過ぎたあたりから日比谷公園に直結するプロムナード(遊歩道)へとつながっています。

 ケヤキの大木が並ぶ幅10余の立派な並木道とプロムナードは、これから訪ねる代々木公園が普通の公園とは異なる特別な場所であることを予感させます。

  

  (136-2)オリンピクの高揚感を伝える大噴水とケヤキ大木

1967年、公園開設当時はまだ小さかったであろう木々は、50年余の年月を経てすっかり大きくなり、代々木公園は緑濃い森になっています。1990年には大小三基の噴水と水回廊など水系施設も整備され、水と緑の公園に生まれ変わりました。水面に映る四季折々の木々がことのほか美しい公園です。高さ30mに水を噴き上げる大噴水は、あの東京オリンピックの高揚感を再現するかのようです。
 
噴水背後のケヤキ(欅)は公園開設当時に植えられたものでしょう。50余年の樹齢が感じられる大木に育っています。このケヤキは代々木公園のシンボルツリーとして、これからも年々大きく成長し、その大きさは前回の東京オリンピックから過ぎ去った年月の長さを象徴的に示して行くでしょう。

  

 (136-3) 緑につつまれ語り合う若者

 公園内には梅の園、桜の園、バラの園、イチョウの園、と名付けられ、それぞれの樹木が集中的に植栽されたエリアがあります。

 桜の園に行ってみました。左写真上のように大きく育った染井吉野が林立していました。花の時期にはさぞかし立派な光景となることでしょう。

 カメラをズームアップしたら、桜林の向こうの芝生に集う若者の一団が見えました(左写真下)。屋外ゼミをしている大学生でしょうか。

 50年前、オリンピック選手村に集った若者たちもこのように芝生に集い交流を深めたことでしょう。

 

  (136-4) 代々木公園の語り部:閲兵式の松
代々木公園の一角に巨大な盆栽のような異彩を放つ黒松の大木が立っています。かつてこの公園の地は陸軍の練兵場でしたが、観兵式の際、天皇陛下がこの松の傍らに立たれたことから、この松は「閲兵式の松」と呼ばれるようになり、当時の面影を今にとどめています。
 
代々木の地は1909(明治42)年に陸軍の代々木練兵場になりましたが、1945年の敗戦に伴い進駐軍に接収されワシントンハイツと呼ばれていました。1964年の東京オリンピックに際してワシントンハイツは日本に返還され、オリンピック選手村が建設され、その跡地が今日の代々木公園になっているのです。この黒松大木は代々木の地が武蔵国の原野であったころからこの地に立ち続け、練兵場、ワシントンハイツ、オリンピック選手村、代々木公園の移り変わりを見てきた、まさに代々木の地の歴史の語り部です。

  

 (136-5) 東京オリンピック記念・樹木見本園

 代々木公園の一角に左写真に示すような「東京オリンピック記念・樹木見本園」と言うものがあります。

 1964年、世界各国の若者たちが東京オリンピックに参加し、代々木の選手村で青春の日々を過ごしました。彼らはオリンピックを記念し、心の交流と世界の平和を願って、自国の代表的な樹木の種子を持ち寄りました。それらの種子から育てた樹木がこの樹木見本園に植えられています。

 何という素晴らしい事でしょう。

 持ち寄られたものは22ケ国24種類の種子でした。中には東ドイツからのセイヨウカジカエデやセイロンからのオウシュウシラカンバのように、今はもう無い国や国名が変わった国からの樹木もあり、あれから50余年の歳月の長さが感じられます。ここに植えられた樹木は50年とは言わず、この先100年にも200年にもわたって、若者たちの思いを引き継いでいってくれることでしょう。

  

   樹木写真の属性
 樹  種 ケヤキ(欅)[ニレ科ケヤキ属]
クロマツ(黒松)[マツ科マツ属]
**(**)[*科**属]

(「樹木の見所」のページにリンクしています)
 樹木の所在地  東京都渋谷区代々木神園町 代々木公園  
 撮影年月   2016年7月
 投稿者   中村 靖   
 投稿者住所  横浜市都筑区中川中央
 その他